スペシャル対談

2005年10月号 (株)ノモス社長 吉川宏一さん


都会のオーガニックレストラン「ソルビバ」と農村の棚田をつないでいる吉川さんは、新しいタイプのプロジェクトを進めています。そこには、『地球村』との出会いも大きく影響しています。
 

「自分以外の人のため、というスタンスで」


高木 こんにちは。さて、『地球村』との出会いは何年くらい前になりますか?

吉川 えーと。実はまだ2、3ヶ月…。

高木 2、3ヶ月? そうですか。では、今までの対談の中では、一番新しい仲間ですね。ではどんな出会いでしたか?

吉川 滋賀県高島市鵜川という所で、棚田の復活に取り組む中で、何か教えてもらえることがあるのではないかと、こちらへお伺いしたのが出会いです。そのときに高木さんのお話をお聞きして、感じるところが大いにありました。わずか2、3カ月のことですが、私の中で、何年分にも匹敵するような大きな転換がありました。

高木 講演を聞いていただいたことはありますか?

吉川 実は、まだないのです。お会いした後で、高木さんの本を読みました。すると、今まで自分がやってきたことや考えてきたことが、非常に整理されていくのを感じました。それから高島市でのワークショップに参加させていただいて、そこで「決めた!!」と思いました。

高木 そうですか。何かを決めたのですか。ぜひ、お聞かせいただけますか。

吉川 私は、今までは自分を中心に、家族とか社員とか、その辺りを中心にものごとを考えてきたのですけれど、これからはもっと大きく、もっと広く、自分以外の人のためを考えていこうと、スタンスを決めたのです。

高木 ほう! それは大きな決意ですね。吉川さんは元々は建築家でいらしたそうですが。

吉川 はい。建築家として早い時期から成功したといいますか、26歳で独立し、30歳の時には何十億円という大きなビルやマンションをどんどん設計していました。業界では成功していましたが、一方では「土建国家日本」で、環境破壊の最先端の人間という意識もありました。

高木 そういう意識を持たれるきっかけは何ですか?

吉川 建築とは、そこに暮らす人間がいるのであって、それがなければただの箱です。「まず人間ありき」ということに憧れを感じて、この仕事をやり始めたのです。ところが、その建築が環境を破壊し、人間をダメにしていく。そのことに大いなる矛盾を感じるようになりました。しかしそのときはまだ、自分や自分の家族が中心の考え方ですから、自分たちが安全に暮らせる場所で暮らそうと、ニュージーランドに移住。そこで大自然との出会いがあって、一つの転換がありました。建築をやりながら、自然を破壊しない方法でやっていく「志ある建築家」になろうと考えたのです。
 

「建築プロデューサーから棚田の復活へ」


吉川 しかし、建築にはクライアント(注文主)がいるわけですから当然ですが、建築家が自分の作りたいものを自由に作るわけにはいきません。そこで、自分がクライアントになり、建物をプロデュースするしかないと考えました。そこでまず考え出したのが、芸術家と一緒に空間を作るというプロジェクトです。芸術家は安易な方法を嫌い、手作りでヒューマンなものを作り出してくれます。それを入り口にしたんです。そのプロジェクトでは、ずいぶんいろいろやりましたが、非常にヒットしました。最初は黒田征太郎さんと御堂筋に壁画で包まれたビルを作るプロジェクト。次は芸術家たちとつくる屋台村をしました。

高木 屋台村というと?

吉川 建物を芸術家たちがつくり、営業は一般公募ということで、屋台村を仕掛けたのです。例えば、人形作家が作る屋台でラーメン屋を営業するといったように。その後、全国にたくさんできた屋台村のさきがけでした。

高木 今、さらりとおっしゃいましたけれど、全国にある屋台村のきっかけは吉川さんだったのですか。

吉川 そうです。15年以上前になります。広い空き地に、闇市のような「エネルギッシュな何か」を作ろうということで、芸術家を集めて屋台村を始めたんです。次にだしたのは500円バー「Bar, isn't it?」。これはビジネスとして成功させるために考えたシステムですが、非常にヒットし、北海道から神戸まで、それからオーストラリアにも店舗ができました。そして、こうしたプロジェクトを成功させる中で、オーガニックレストラン「ソルビバ」を始めました。

高木 いよいよ建築と環境が結びつきましたね。

吉川 安全なものを食べるには、安全なものをつくる生産者が必要です。ところが、高度成長期を背景に自給率は低下し、兼業農家が増え、省力化のためにどんどん農薬を使って環境にも大きな負荷を与えているとか、さまざまな問題が見え始めました。もう一つ、琵琶湖の棚田の上にアトリエがあったら創作活動するのにいいなあと手に入れていた土地があって、そこに薬師寺を修復できるくらいのすごい宮大工さんと、1000年もつ建物を作ってしまいました。そもそもは自分のためにと手に入れた土地ですが、その宮大工さんとの出会いによって全然違うものになったのです。何に使うかもわからない、たった13坪の建物を、12、3年掛かって、相当なお金もかけて建てたのです。しかしそこには、何かワクワクするものがありました。

高木 子ども時代の隠れ家というか、サンクチュアリ(聖なる場所)のようなものですね。トム・ソーヤのような。

吉川 そうかもしれませんね。オーガニックレストランをやりだした時、この建物をここに作ったのは、『ここの棚田を復活させよ』という意味だったのかと感じました。

高木 棚田の復活はどのようにしたのですか?

吉川 復活させるためには、作物を植えなくてはならない。そこで「棚田でつくった有機栽培米を高値で買い取ります」と伝えたのです。

高木 なるほど。需要と供給の関係を作ったのですね。

吉川 オーガニックレストラン「ソルビバ」で消費できる有機栽培米として値段を提示したところ、買ってくれるなら作ろうという動きが出てきました。もう一つの動きとしては、うちが放棄田を借りて野菜や米をつくること。衛藤清春さんにこの話をして、話が進み、鵜川の村に移住してくれたのです。衛藤さんは69歳なのですが、そこで完全無農薬農業を始めました。

高木 なるほど。実際に動いているのですね。

吉川 ええ。増えていきつつあります。この方法は、みんなにいいことだと思います。農家には農作物をビジネスとして保障でき、我々は素性のわかる食材を手に入れ、農業がしたい人にはその機会ができる。こうして、みんなの幸せにつながることが、実は一番楽しい。これは、『地球村』と出会って整理がついた結論です。「自分のために」という発想を手放すと全てがOKになるんです。

高木 それは、私自身の気付きでもあります。自分のことを考えているうちは、利害が手放せず、「自分が得すると相手が損する」というシーソーゲームになります。「みんなが幸せでないと本当の幸せではない」と気付いた時、天地がひっくり返りました。

吉川 まさに、高木さんのお話を聞いて「その通りだ!」と思いました。自分なりにそれをどう受け止め、どう消化し、どう行動に移せるかというところで、今「始まりの始まり」だと思っています。高木さんほどストレートに「みんなの幸せ=自分の幸せ」というところまで、いけているかどうかはまだわかりません。ただ少なくとも「自分ありき、自分が幸せならいい」ということではないことがはっきりしたのです。これから死ぬまで、こういう意識で時間を過ごせるだけで、とてもうれしいです。

高木 私もすごくうれしいです。
 

「新しき村をつくりたい人とつながりたい」


吉川 これから、もっともっと楽しめる予感がします。もっともっと楽しめるということは、「楽はできないんだろうなあ」と今までの経験からわかります。楽ではないのにワクワクしています。

高木 移住先のニュージーランドのブドウ農園で、おいしいワインを飲んで、牧場で育てたいい馬の馬主になって、悠々自適もできるのに、それを捨てて、休耕田を復活させようとみんなを説得して、定年を迎えた人や自然のなかで生きたいという人を集めて、オーガニックでおいしいものを食べたい人も満足させて、先祖代々の農家の思いも実現させて、あちこちにエネルギーを注ぎ、それら全部をつないでいこうとしているんですね。

吉川 そうです。高木さんは『地球村』で全国を行脚しながら、多くの方に生き方を伝えておられる。それを僕は、建築を通して「新しき村をつくる」発想でやっていきたいと思います。

高木 私は提唱し、実践する人の出現を待っているのです。農村と都会をつなぐプロジェクトは今、全国の自治体も興味があるはずです。「地球環境を考える自治体サミット」がスタートしましたので、成功例として紹介することもできるでしょう。このプロジェクトが成功すると、全国に広がる可能性があります。

吉川 今、僕は自給自足の村の体験実験施設を立ち上げようと思っています。一つひとつの宿泊施設(コテージ)は、極力お金がかからないようにつくり、もしもつぶすときも土に還るように作ります。

高木 小規模の自給自足のむらというのは、まさに『地球村』です。これからの建設の方向を変えなくてはいけません。私はよく「逆ゼネコンが必要」と言っています。自然修復型ゼネコンも協力すると素晴らしいですね。

吉川 今までも、何か一つおもしろいことをやると、それに注目してくれる人が出て、自分たちもやってみようということになりました。その中で、さまざまな出会いがあり、次の発想も生まれてきました。この『地球村通信』を読まれて、賛同いただける方たちとも出会いたいです。ぜひ、ご連絡いただければと思います。連絡お待ちしています。

高木 自給自足の新しき村をつくりたい人たちが、『地球村』にはたくさんいますよ。農民ネットワークもありますから、ぜひつないでください。

■オーガニックレストラン「ソルビバ」 ⇒ こちら
連絡先(吉川、西岡):メール