スペシャル対談

2006年8月号 漫画家 山田玲司さん

マンガ『絶望に効くクスリ』や『ゼブラーマン』などの作品で、若者たちから絶大な共感を得ている漫画家の山田玲司さん。高木さんに出会ってからの半年間は、大きな宿題をもらったような気持ちで、その課題をこなすべく毎日を過ごしているそうです。

地球は今…ロスタイム


高木 こんにちは。昨年末、山田さんの『絶望に効くクスリ』(以下「絶薬」)の取材でお会いしましたけれど、今回は『地球村通信』の対談ということで、私からいろいろ訊かせていただきます。まずは「絶薬」のお話からよろしくお願いします。

山田 はい。日本は一日100人が自殺している国です。社会自体がおかしくなってしまっていると感じていました。それを何とかまともに戻したいという思いから始めたのが「絶薬」です。「この人は何か希望を持っているのではないだろうか」「人とは違う考え方を持っているのではないだろうか」という方々に、直接会いに行って、お話をして、それを漫画に描くということを3年くらいやっています。

高木 3年で何人くらい描かれましたか ?

山田 100人近いです。雑誌で対談してほしい人のリクエストを受け付けているのですが、高木さんに関しては、何人かの方から「ぜひ会ってもらいたい !」という強いプッシュがあったので、会いに行かせていただきました。

高木 会ってみていかがでしたか、印象は ?

山田 それはもう、とても大きなインパクトでした。高木さんの話は4回連載で描かせていただいたのですが、実はあれは、本当に異例のことでした。編集サイドとしては、「基本は一人1回」ということですから。それが、どうしても1回で描き切れない方がいて、2回になったり、例外で3回になったりという方もおられましたが、今回は、例外中の例外、ついに4回という記録になってしまったのですから。「どうしても4回必要なんだ」と…舞台裏は大変だったのです !(笑い)「この地球が大変な病気なのだ」というカルテを目の前で見せられて、ガーン !サッカーで言えば、もう試合時間はオーバー ! ロスタイムに入っているんだということを突きつけられたわけですから。

高木 ああ、それはいい表現ですね。本当に地球は今、まさにロスタイムです。

山田 ロスタイムで自分は何をしたらいいんだろうかということを、ずっとこの半年間考えています。高木さんに会ってから、「絶薬」以外にもっと直接的なアプローチができないだろうかと思案しているところです。「絶薬」でも、売れないミュージシャンが出てきて、不遇の時期を越えて今ではこうなりましたというサクセスストーリーを描くと、受けがいいんですよ。ところが環境の話だと、「そんな難しい話はいいから…」という意見も出てくる。僕は以前、恋愛ものを描いていたんですが、「山田さん、前みたいにラブコメ描いてよ」という人も多いんです。つまり結局は、現実を見たくない、考えたくない人たちにとって、環境問題って、ものすごく嫌なのだと思うんです。でも、見たくないと思っていても地球はどんどんおかしくなっていくわけだし、病気を治していく方向に、エネルギーやアイデアを出していかなくちゃいけないと思っているんです。今の閉塞感を打ち破るようなパワーのある漫画を描きたいんです。

ショック、感動、希望


高木 そういうことなら、私も協力させてもらいます。いくらでもネタはありますよ。私は、具体的にどうすればいいかというアイデアをたくさん持っています。環境問題を考えたくない人でも、面白いシナリオや、無理せずできることがありますよ。

山田 高木さんも事故に遭うまでは、分からなかったんですよね。

高木 そうなんです…恥ずかしながら。

山田 ってことは、気付けない人たちの気持ちも分かりますよね。

高木 よく分かりますよ。人間が変わるために必要な要素は3つあるんです。『ショック』と『感動』それに『希望』です。人間は現実を知らされると「えー !! 」とショックを受けるんです。山田さんも最初はそうだったでしょう ?だから、私はショックを与えるんです。しかし、ショックだけではいじけたり、絶望したりします。そこで感動が必要なのです。感動は何から生まれると思いますか ?

山田 希望じゃないですか。

高木 そう、希望。実際に希望に向かって進んでいる人を見ることが感動を生むんです。そして、その感動がその人自身の希望にもなる。私はそうして、人が変わるための講演を続けているんです。山田さんも一緒にやってもらえると、きっと大きな変化が生まれると期待しているんですよ。山田さんはとても感性が豊かだし、素晴らしい表現力、想像力をお持ちだから、きっとできると思う。もっとタフになってくださいね。

山田 そうなんです。僕は、もっとタフになりたいと思っているんです。例えば「僕、挫折したくないから、不安定な仕事は嫌です」とか、「裏切られるのが怖いから、浮気をしない人と結婚します」なんていう若者がいるじゃないですか。僕から見れば「そりゃ無理だぜ…」と分かるんです。僕は挫折も失恋も当然あるし、そういう体験をしていますから、そういう個人の問題に関してはクリアできているんです。それがもう一段階、社会的な問題になったとき、「ちょっと待ってくれよ。そのことに関しては、俺には対処が難しいぞ」と躊躇する部分が出てくるんです。彼女が浮気することには耐えられても、3秒に一人の子どもが死ぬことに関しては耐えられなかったんです。困難な問題を前に、何があってもすべてを受け入れる覚悟をして、腹をくくって事に臨まないとブレるし、折れるぞというのが、最近分かってきたところです。

高木 ここ、大事ですね。私は、自分がどんな目に合おうと、どんな場面に出会おうと、絶対に揺らがない。落ち込みもしないし、諦めもしないし、躊躇もしないと思う。どんなにショックを受けても、自分がこれをやり続けるんだという気持ちは揺らがないと思います。実際に行動するには、そういう強さが必要なのです。「絶薬」の中に描かれている山田さんは、わざと、揺れているのでしょうけれど。

山田 そこはあえて意識してやっています。迷いや弱さを描くことで共感してくれる人がいますから。僕は人間関係もうまくいっていますし、敵もいないと思います。

高木 そうでしたか。それは、よかった、安心しました。それじゃあ『地球村』の村人だね。今日の笑顔も、とてもいいですよ。

高木さんウルトラマン説


山田 僕ね、これずっと言いたかったんですけれど、高木さんってウルトラマンですよね。ウルトラマンの1回目って知っていますか。ハヤタ隊員が事故に遭って命を失うんですけれど、そこへ光の国からウルトラマンがやってくるんです。そして「君の命を僕にくれ、僕の命はあなたにあげるから」と言い、「怪獣を倒し、一緒に地球を守ろう」と、ウルトラマンになるんですよ。ウルトラマンというのは、困っている人を救済するために光の国からやってくる菩薩様なんです。そして怪獣というのは煩悩の化身。カネゴンなんか象徴的ですが、拝金主義の化け物です。だから、高木さんのされていることはまさにウルトラマンだなあと思っていました。

高木 ははは…知らなかった ! 私はウルトラマンだったのかあ ? !

山田 僕は41年生まれで、丸々ウルトラマン世代なんですが、この世代の問題点は、「怪獣が現れたらあなたはどうする?」というとき、ウルトラマンの登場をじっと待ってしまうんです。本当はそれじゃいけなくて、ウルトラマンは「君もウルトラマンだ」と何回か言っているんです。僕もウルトラマンにならなくちゃと思っています。ところで、高木さんも「地球を救いなさい」という声が聞こえたんですか?

高木 誰かに言われたのではなくて、自分で決めたのです。自分との長い長い対話を通じて、いっぱい悩んで、いっぱい苦しんだ末に、「もう逃げない ! あきらめない ! 腹を決めた ! 何があろうとやり続ける !」と決めたのです。何があろうと一生やり続けると決めたのです。

山田 高度経済成長ど真ん中の超巨大電器メーカーのエリートサラリーマンが、そう決めたというのは本当に意味がありますね。

高木 山田さんも、私と出会ったことに、大きな意味があるんですよ。

山田 それはそうです。その後の作品がすっかり変わってしまいました。でもそれは僕が一番望んでいたことです。

高木 山田さんは今、40歳。作家としては、どんな位置にあると思いますか。

山田 前半戦のロスタイムかなと思います。ジョン・レノンが40歳で亡くなっています。その40歳を超えた以上、ジョンがやろうとしていたことの延長線上にあることをやらなくてはいけないと考えているところです。世の中、硬直しているから、こんなに素晴らしい地球に生まれてきたのに自殺するんだと思うんです。硬直した世界に、勝手に作り出しているつまらない壁を、漫画やその他の表現で壊していけたらと思いますね。僕はここしばらくは、具体的な生き方の処方と、つまらない壁を壊すためのアイデアを提供していこうと思います。それがミッションではないかというのが、この半年間の結論です。

高木 そうですか。山田さんに描きたいものがあるなら、協力できると嬉しいですよ。本当に山田さんには期待しているし、がんばってほしいという気持ちは、ますます大きくなっています。

山田 ありがとうございます。失恋に関して「まあ、そういうこともあるさ」と言えるように、大きなスタンスで描いていきたいです。手塚治虫先生が、「漫画ってなんですか?」と尋ねられたときに「風刺です」と答えているんです。この前、息子さんの手塚眞さんと話したんですけど、彼が「迷ったら原点に帰りなよ」というんです。漫画の原点は風刺。直接的じゃなく、比喩や風刺で描けば、国内だけじゃなく、世界に通用するものになると気がつきました。サン・テグジュペリの『星の王子様』のような手法で描いてみたいと考えています。地球を水槽だとすると、水槽が汚れているから魚が病んでいるわけで、病んでいる魚についてあれこれ語るより、水槽をろ過する仕事がしたいです。

高木 『絶望に効くクスリ』というタイトルどおりのことをしたらいいですね。今が前半戦のロスタイムなら、後半戦は迷わない強さや生き方が描けるといいですね。

山田 そうなりたいものです。手塚先生なら、きっとそういう作品を描いたと思うんです。僕は手塚先生を先代だと思っているので、先代が生きていらしたら描いたであろう作品を描きたいです。日本は漫画文化では世界の中心です。リバプールで音楽をやり、ニューヨークで演劇をやるようなものなんです。漫画文化の中心で生まれ育っていながら、このアドバンテージを生かさないと失礼だと思っているんです。来年には新しい構想でスタートさせたいです。

高木 それは楽しみです。最後になりましたが、8月26日のLOHAS講演会のゲストを引き受けてくれてありがとうございました。イデトシカズさんと3人でのトークをよろしくお願いします。

山田 こちらこそよろしくお願いします。今日は高木さんとお話して、すっかり元気になりました。ありがとうございました。

高木 それはよかったです。またお会いましょう。楽しい時間をありがとうございました。