スペシャル対談

2006年10月号 (株)熊谷組 取締役社長 大田 弘さん

大型土木工事、大型ビルの建設で業界トップランクの実績を持つ熊谷組は『 地球村』の企業会員です。環境や地域社会との共生を視野に入れた事業展開に取り組んでいます。昨年の環境月間に開催した高木さんの記念講演の後、社内で環境対策が進んでいます。  (写真右が大田社長)




講演以降、環境対策を徹底しました


高木 こんにちは。よろしくお願いいたします。まずは、『地球村』との出会いからお話しいただけますか。

大田 私の社長就任は、2005年4月です。それまで、環境問題については、技術屋出身の経営企画本部長という立場で推進してきましたが、全社的にはなかなか本腰が入らず、「会社がやれというからやっているんだ」という雰囲気でした。社長就任をきっかけに、環境月間を設定し、社員一人ひとりが自然体で環境問題に取り組んでいく流れを作りたいと、社員の意識改革を目的に、先生に講演をしていただいたのが出会いです。

高木 私をお招きいただいたのは、どういった経緯からですか。

大田 社長室の一人が推薦してくれました。私も先生の著書を一通り読ませていただきまして、ぜひお願いしようということになりました。

高木 講演を聴かれて、いかがでしたか。

大田 正直に申しまして、非常にショックを受けました。地球環境問題に対して、我々に何ができるのかを考えなければならない時期に来ているのだと、痛感しました。社員たちにとっても、一人ひとりがこれからなすべきことを考えさせられた講演だったと思います。

高木 嬉しいことです。何か具体的な変化はありましたか。

大田 個人的には、先生からいただいたマイ箸をいつも持ち歩いています。「日本の割り箸の木材消費が、年間、木造住宅2万軒分」という衝撃的なお話を伺いまして、翌日には「食堂の割り箸を廃止し洗い箸にする」という指示を出し、3日後には切り替えました。社内のクールビズも検討していたところだったのですが、お話を伺って即決断、その翌週から実施しました。熊谷組は、社員とその家族と協力会社を合わせると、何万人もが関わっている会社ですから、できることから環境への意識を広げていきたいと考えています。

高木 すごいですね。私はこれまで数百社で講演しましたが、社長が「よし、すぐやろう!」と動き出す会社と、「関連部門に回して検討させます」という会社では、結果は正反対です。「検討させます」という会社は動きません。洗い箸を洗う手間は、コストは、水は、エネルギーは、人件費は…という議論で話が止まってしまいます。要は、方針なのです。方向性なのです。トップの「GO ! 」という意向があれば動きますし、それが無ければ動かないのです。

大田 そのとおりだと思います。環境対策は、費用を計算して考えるという話ではないんです。すべて費用で考えるというクセから抜け出さなくちゃいけないと思っています。

高木 企業は、これまでコスト管理という価値観で突っ走ってきましたが、これからは、環境、みんなの幸せ、という流れ、ISO14001やCSR(企業の社会的責任)といった方向性が主流になるでしょう。

大田 ほかにも、社内照明もかなり節電しています。先生の講演の中で、「電気を消してもそんなに困りませんよ」というお話を伺って、実際にやってみたんですよ。やってみるとすぐに慣れますね。冬場はさすがに暗いなあと感じますが、夏場は照明なしで十分にいけます。惰性でスイッチを入れていたのだと気付きました。冷暖房の室温管理も徹底されてきましたし、環境の意識付けは徐々に定着してきたところです。

高木 リサイクルペーパーや裏紙の使用についてはいかがですか。

大田 それはもう徹底しております。「経営会議や取締役会議の資料も、裏紙でかまわないから」と、事務方に指示を出しました。幹部への資料は裏紙では失礼だという固定観念があったのですね。その配慮も必要ないと伝えて改善しました。

壊し屋から直し屋へ


高木 本業でのアプローチは、何かありますか。

大田 環境面では、建設業にいろいろご批判があると思います。建設業は、環境面でのデストロイヤーであった部分も否めないと思います。しかし、今後は環境を修復するという方向性において、今まで培ってきた我々の技術が生かせると考えています。環境修復部門をこれからの大事な柱として位置づけていきたいと思っています。

高木 例えば、ダムにもコンクリート劣化がありますよね。いつかは壊れるでしょう。老朽化していくダムを上手に壊す方法を提案することもできますね。今おっしゃったように、壊し屋から直し屋へ転換することが求められているのです。アメリカでは、すでに500基のダムを撤去しています。「作ろう、作ろう」から「壊そう、改めよう」という、流れが来ているのです。

大田 環境修復の分野で、私たちが貢献できることがたくさんありそうですね。

高木 ヨーロッパの環境都市では、道路は日本のようなアスファルトやコンクリート舗装をせず、玉石を敷き詰めたり、コンクリートブロックを埋め込んだりします。これなら、土が露出していますので、(1)ヒートアイランド現象が緩和 (2)雨水が染み込むことで、地下水も回復、雨水も一気に川に流れ込むことがない (3)人にやさしい (4)工事がしやすいなどメリットが多いですね。こういうことは、ヨーロッパではごく普通のこととして実施されています。こうした環境面での提案を、建設業として先駆けてやっていかれればいいのではないでしょうか。松下電器がブラウン管を再生させる技術や、フロンガスを使わない冷蔵庫でトップになれたように、ダムの撤去、原発の廃炉などは、今後の環境事業として、重要な技術になるでしょう。

一人勝ちは続かない


高木 書籍『生きる意味』は、読んでいただきましたか。

大田 今日、新幹線の中で読ませていただきました。この本もさることながら、私は『非対立の生き方』を読んで、非常に衝撃を受けました。失礼ながら、私は先生を「環境を重視する人」だと思い込んでいたんです。「非対立」という考え方を知り、わが意を得たりという感動を覚えました。熊谷組は、社員一人に協力者が10人くらいいますので、何万人もの体制なんですよ。これまでは、その協力会社を叩くようなこともしてきました。受注競争に勝とうとする余り、協力会社が本当に優れた匠(たくみ)の技術を持っていたにも関わらず、コストで叩き、貴重な技術、貴重な伝統を失うようなこともしてしまった。それは、日本の財産を失うことでもあったのです。最近、私は、「一人勝ちは長続きしない」「勝った、負けたという概念には永続性がない」「品質や安全性はここまで高めたい、工事原価はここまでで抑えたい」と率直に言います。協力会社には、「熊谷組がこうしてくれたら安くなるという提案があったら、どんどん出してくれ」と言い、「知恵を出し合って、お互い、折半しましょう」という話し合いを提案しています。中には「そんなのうまくいくはずがない。お互いに腹の探りあいをしているんだから」と言う人もいますが、私は、「それは違う。お互いに分け合うんだ。そういう概念でやっていくんだ」と言い続けています。協力会社に対して言いづらいことも言いました。すると「熊谷組さんが、そう言っていただければ我々も楽なんです」と言ってもらえるようになりました。お互いに損得も分け合い、知恵を出し合うという考え方でないと、業界は立ち行かなくなると思うのです。私は、あらゆる業界の原点はそこにあると思います。非対立の概念を伺ったとき、なるほどと思いましたし、生きることは何のためなのか、何のための人間なのか、そういったことも考えさせられました。

高木 そうですか。それはよかった。この「コストダウンができたらその差額益を分けようじゃないか」という考え方を「DSM」といいます。デマンド サイドマネージメントの略です。例えば日本の電力会社は、「オール電化にしてください」「廊下ももっと明るくしませんか」と、電力消費を上げる提案をしています。ところが海外の電力会社では、「ここはもっと暗くできますよね」「ここの電気は昼間消せますよね」「蛍光灯に変えてはどうですか」と、電力消費を下げるための提案をするのです。アメリカでは、電気料金が1ヵ月でどれだけ下がったかを算定して、それをDSM、つまり差額益を電力会社と使用者で折半する方式が取られています。これなら発電所を新しく増やす必要もないし、環境面での負荷も少ないし、もっといい商売ができるようになります。新しい経営方法なのです。このDSMをもっと徹底させてもいいと思いますね。

大田 なるほど…。

高木 あとは、社内でコーチングの手法を取り入れてみませんか。誉める、叱る、○か×をつける、という従来の指導方法が「ティーチング」ですが、ティーチングをやり続けると、部下は上司の指示を待つようになり、自分で考えることをしなくなるのです。コーチというのは、元々は馬車、御者という意味です。お客様の意見を聴いて、お客様が方向を決めるお手伝いをする役目をするのがコーチです。上司は逐一指示を出して部下を使うより、部下が自ら動くようにコーチするほうが得策ですよね。書籍『オーケストラ指揮法』は読まれましたか。オーケストラの指揮は、まさに「コーチング」の極意なのです。一つの提案ですが、昨年の講演に引き続き、次回は「コーチング」のお話をさせていただけるとうれしいです。

大田 そういった講演が必要な時期かもしれないと感じています。「去年よりも仕事が増えた」とか、「業界で何位」だとかがゴールではありませんし、そんなことに気を取られているのはよくないです。企業が進歩したかどうかは、自分の胸に手を当ててみれば分かることだと思いますよ。私の祖母は、ご飯を食べたあと、お湯を茶碗に注いで飲みました。お米の一粒も、お米のぬめりまでもきれいに飲み干しましたし、お茶碗もきれいになりました。柿は3分の 1 を食べて、3分の 1 は土に帰し、3分の 1は鳥に食べさせるのだと言いましたよ。それが、みんなに生かされているありがたさなのだと。そういう感謝の気持ちがこれからの企業に必要なことではないかと思っています。

高木 今年の3月に、「ありがとう」という小冊子を作りました。よろしければ、感謝の気持ちを手渡す本としてお使いください。今日は貴重なお時間をありがとうございました。

大田 こちらこそありがとうございました。ぜひまた、お会いしましょう。

高木 はい、ぜひまた呼んでください。よろしくお願いします。

■熊谷組HPhttp://www.kumagaigumi.co.jp/