地球は今

【地球は今...】フィリピン視察旅行で気づいたこと

4月中旬に高木さんに同行してフィリピンに行ってきました。視察の詳細は5月号の巻頭言に掲載されています。視察旅行中にフィリピンで見聞きしたことについて3つの観点でまとめてみました。


● 交通事情

フィリピンでは、自動車やバイクが交通手段の基本になります。私たちは、車での移動がほとんどでしたが、フィリピン人はかなり危険な運転をしていました。例えば、

・道路中央の白線を越えて反対車線から追い抜く
・路上で交通警官が交通整理をしていても、ほぼ無視。警官の方が避けるぐらい
・車が通れるぐらいの幅があれば、割り込みは当然
・クラクションをしょっちゅう鳴らす。クラクションは挨拶代わり
・一般道路に速度規制はなく、空いていれば思い切りスピードを出す


そんな状況ですが、不思議と接触事故などは殆ど見かけませんでした。帰国後、調べると、人口10万人あたりの事故件数は、フィリピン7.2件に対して、日本651.6件(総務省統計局 「世界の統計」)です。交通法規が整いすぎているぐらいの日本の方が、フィリピンの100倍事故が多く、人口あたりの交通事故死亡者数も、約5倍日本の方が多いのです。
フィリピンでは、自分も荒い運転をしているため、いつクルマや人が飛び出してくるか分からない状況を実感し、危機感を持って常に注意しているため、運転のスキルも相当高いのかなと感じました。日本は逆に、整備された交通法規や自動車の安全性能向上などの安心感から、運転に対しての注意や危機感、責任感が薄いのかもしれないと思います。自動車の中の安全性が高くなっても、外で事故に遭う通行人や自転車には、シートベルトもエアバックもありません。一見、無謀な運転をしているようで、一線を超えない運転をしているフィリピンの人たちに見習うべきことがあるように感じました。

 


● ゴミ : スモーキーマウンテン、ゴミ処理場

有名なスモーキーマウンテン跡地から道路を挟んだ脇にも、今は使われなくなったゴミの集積場があります。写真の山の地肌のように見えているものすべてが、ゴミとゴミの燃えた灰です。5階建ての建物ぐらいの高さまであり、周囲を一周するためには歩いて30分ほどかかります。マニラ市から出たゴミを、以前集積していたその場所だけで、この小山が出来ています。かなりのゴミの量ですが、スモーキーマウンテンはさらに大きかったと聞きました。マニラ市よりもかなり小さな地方都市イムス市(人口約25万人)のゴミ処理場では、見渡す限りの広い土地に大きな窪地を作り、市内のゴミを運び込み、埋め立てています。運び込まれたゴミの中から有価物をとり、それで生計を立てているスカベンジャーと呼ばれる人たちが集まり、いろいろなものをゴミからより分けていました。その様子をビデオ撮影してきました。子どもたちだけでなく、大人の人も笑顔で挨拶してくれています。

人口20数万人の都市(イムス市)の出すゴミだけで、この広大な窪地が埋まるほどになります。一人当たりのゴミの発生量を日本とフィリピンで比べてみると、

  日本    400キログラム/年 (OECD資料)
  フィリピン 135キログラム/年 (経済産業省資料)


日本は、一人当たりおよそ3倍のゴミを出しています。
総量では毎年フィリピンの約4倍のゴミを出しています。
フィリピンの農村部では、ほぼ自給自足的な生活をしていますので、首都圏 を除くとこの数字以上の差があることになります。日本では大量のゴミを燃やしてしまい、見えなくしているだけです。根本的な解決のためには、ゴミの発生を元から抑制するリフューズが必要です。私たちがフィリピン以上のゴミを出していることを自覚するためにも、自分がいま住んでいる地域のゴミの処理場を見ておくことが重要だと思います。



● 戦争 : フィリピン空軍博物館、基地事情


・小野田寛郎さん
フィリピン空軍博物館には、フィリピンルバング島で29年間、1974年まで潜伏していた小野田寛郎元少尉の当時の持ち物、新聞記事などが展示されています。展示された新聞記事には、フィリピン軍の司令官(当時)が小野田氏を、「勇敢な戦士」として賞賛し迎えている様子が書かれていました。フィリピンと交戦状態にあった兵士が潜伏し、地元住民とのトラブルもあり、憎まれても当然なのですが、恩赦で無罪となっています。その後、小野田氏は日本へ帰国したのですが、誤った報道や世論を避けるように日本を離れてしまいました。ここでも日本とフィリピンの受け入れ方に大きな違いがあります。

・米軍基地について
フィリピンは駐留米軍基地を撤去した国の一つです。1992年に市民の運動によりフィリピン憲法を改正し、外国の駐留軍はフィリピン国内に滞在できないようになり、フィリピン国内の全ての米軍基地は撤去されました。その後、ブッシュ政権下でテロ組織の壊滅という目的で米軍が駐留していますが、世界最大規模の海外基地と言われたクラーク空軍基地、スービック海軍基地などを撤去したのですから、規模は相当小さくなっています。特にスービック海軍基地は、沖縄の全駐留米軍よりも大きな規模だったと言われています。駐留反対派はもともと少数でしたが、駐留米軍を前政権(マルコス政権)の遺物と位置づけ、ラジオCMなどで啓発活動を行って支持を広げていきました。結果、国会決議の日には、国会周辺に20万人の市民が集まりました。元CIA顧問チャルマーズ・ジョンソン氏など、普天間基地の代替滑走路は必要ないとの見解も発表しています。私たちも迷走する新政権を批判することは簡単ですが、フィリピンと同様に、新政権になった意義を考え、行動するチャンスに来ていると思います。


 たった4日間の滞在でしたが、様々な点で日本とフィリピンの違いを大きく感じました。環境先進国の欧州から学ぶべき点も多いのですが、もっと身近なアジアの国フィリピンからも、今の日本に住む私たちが学ぶ点がたくさんあるように感じました。