スペシャル対談

2011年10月号 NPO法人田んぼ 岩渕成紀さん

東日本大震災の復興支援の一つとして、『地球村』では5月よりボランティアバスツアーを実施しています。

第2回目のバスツアーから、宮城県のNPO法人田んぼが企画する田んぼの復興支援活動をお手伝いするようになりました。

理事長の岩渕さんは、2006年に自然と農業の共生を目指すNPO法人田んぼを立ち上げ、水田農業を基盤とした環境教育を実践されています。

 

「ふゆみずたんぼ」で田んぼの再生を

 

高木 被災地支援ボランティアではお世話になっています。

岩渕 こちらこそ、田んぼの復興支援を手伝っていただき心強く思います。

高木 以前はどのようなお仕事をされていたのですか。

岩渕 生物の教員や、博物館の学芸員をしました。49歳でNPOを立ち上げました。農業は知らないことも多かったのですが、最近は、少しずついろいろなことが見えてきました。

高木 私も農業は経験がありますが、伝統的農法や自然農法には多くの発見がありますね。

岩渕 私たちが行っているのは無施肥・無農薬のふゆみずたんぼです。

自然の中で有機物は循環していたはずで、長い歴史では、洪水や津波などで海の湾内にたまった有機物が畑や田圃に戻ることもあたり前であったと思います。

水田も、洪水や川の増水が自然のリズムの中で起きていたはずですが、ダムや護岸工事によって循環がストップしたので、人為的に、適度な攪乱を起こしてあげることも大切です。

子どもたちに水田で遊んでもらうという人間代掻き(しろかき・土を耕すこと)もそのひとつの方法です。

人間活動と生態系の力がうまく寄り添うことで田んぼが成り立っていると考えています。

高木 私も農業については、治水や護岸工事が土地の劣化を招き、ひいては文明の崩壊を招いたことを講演会で話しています。

岩渕 蒲生(がもう)干潟という場所があるのですが、3月11日の東日本大震災の津波によって干潟が全て奪われてしまいました。

ほとんどの人が回復不可能と考えていたのですが、潮流が安定して戻ってくると、ラグーン(潟湖)が再生し、3ヶ月で汽水湖(淡水と海水が混じった水)が再生でき、干潟特有の生物が戻り始めてました。

私たちがこのようなもともと生態系が持っている力を使って地域の復興をおこなっていけば、最小限のエネルギーで、復元が可能になります。

今、日本全体で行われている復興は、大量のエネルギーを投資し、その結果として、持続不可能なものが多いように感じます。そのアンチテーゼとしてふゆみずたんぼによる田んぼの復元プロジェクトを行っています。

高木 今回の田んぼの復元プロジェクトはどのような計画をお持ちですか。

岩渕 今回の大震災で宮城県の水田のおよそ一割、12,685ヘクタールの水田が津波の被害を受けています。このうち、複数箇所の復元プロジェクトを行う計画をたてています。

気仙沼市の大谷では、瓦礫の除去も脱塩も終わりました。脱塩は真水を導入することで100分の1の濃度まで減らすことができることを確認しました。現在でも、塩害なしに稲が順調に育っており、10月には無事稲刈りが行われることになっています。

南三陸町入谷は、『地球村』の支援の大型バスで多人数がおいでになり、田んぼの瓦礫撤去のお手伝いをしていただいています。ここでは、秋までにがれき除去を終え、冬のあいだじゅう田んぼに水を張る「ふゆみずたんぼ」を行うことで塩害を防ぐ方法を考えています。来年の秋には収穫が可能になります。そして、松島湾にある寒風沢島、石巻の渡波地域などの田んぼの復元も考えています。

 

世界初!ラムサール指定の水田が誕生

 

高木 「ふゆみずたんぼ」について教えて下さい。

岩渕 日本のほとんどの田んぼは冬の間水を抜いて乾田にしています。それは大型機械を入れて、農作業を効率化することのみを考えた工業的考え方です。

しかし、その結果、田んぼを乾かすことで菌が死に、それに深く関係していた越冬生物も少なくなります。生物多様性が減少し、生態系が単純化してしまいます。

冬の間、田んぼに水を残すことで、菌やイトミミズなどが生き残ったり、渡り鳥が来たりして、有機物が冬の間も循環し続けます。

春には、とろとろの有機物の栄養層が田んぼの表面にできて、それが雑草を抑える働きをします。

高木 なるほど、よくわかりました。乾田化してしまった日本の田んぼは、生物の視点から見ると砂漠化と同じですから、年中湿地にしたほうがいいのですね。

岩渕 そうです。田んぼは、熱帯雨林やサンゴ礁とも変わらない豊かな生物相をつくることができます。

私達は、湿地保護のための国際条約であるラムサール条約に湿地と水田を一緒に含めて登録するように働きかけ、2005年には「蕪栗沼・周辺水田」が水田という名前のついた世界で初めてのラムサール指定地が誕生しました。

持続可能な姿でエネルギー投入が少なく、生産性の高い水田は、ほとんどが通年湛水を前提とした技術です。

高木 ラムサール指定の水田は珍しいですね。

岩渕 世界中でここだけです。

渡り鳥のマガンは、日中は田んぼで落籾を採食するので、周辺の田んぼも農薬汚染ができるだけ無い状態にするために、蕪栗沼だけの登録ではなく沼と田んぼとセットで登録したかったのです。

多くの農家の方々の協力を得ながら、広大な水田を含むエリアの登録ができたことは奇跡的なできごとだと思っています。

高木 ふゆみずたんぼは、田んぼもまた生きもののようであると考えるならば当たり前の考え方ですね。今後の計画やビジョンを教えて下さい。

岩渕 海水をかぶった水田は、脱塩のために冬は水を入れて置くことの大切さを呼びかけようと思っています。

また、少しずつ農薬を減らすように声かけをし、最終的には無農薬で栽培できるように働きかけようとしています。

また、一般的に日本やってくる台風は巨大化する傾向があり、高潮による田んぼの塩害が増える可能性が増えています。そこで、水田の脱塩のための技術は大切だと考えています。ふゆみずたんぼを利用した脱塩技術による田んぼの復元は、そのための良い先行事例になると考えています。

 

買い支えることで食の流通が変わる

 

高木 『地球村』の会員の人たちに呼びかけたいことがあれば、どうぞ。

岩渕 バスツアーに来ていただいた人にも、募金をしていただいた人にも、毎日食べる一杯のお米30円が、60円になったとしても「福幸米(復興米)」として米を買うことで田んぼの復興支えてもらいたいですね。

高い米でもその意義を理解し、買い支えることで流通が変わり、農家も安心してお米を作ってもらえるようになります。

ほんものの食料という価値を考えれば、それは決して高いものではありません。 

被災した地域の営みが復元しないとほんとうの復興とは言えないと思うんです。

そこに住む人達が、そこにもともとあった産業を基盤に、ごく当たり前の小さな幸せを自覚ながら生活していくような復興を支援したいですね。

高木 私たちも被災地へお米を届ける「応援米」を行っています。ぜひ、「福幸米(復興米)」も「応援米」も成功させるようにしましょう。

 

NPO法人田んぼの活動はこちらをご覧下さい。

福幸米の詳細については東北サイコウ銀行プロジェクトを参照ください。