【地球は今…】5分でわかるパレスチナ問題
イスラエル軍によるガザ地区への無差別攻撃で多数の死傷者(2000人、大部分が民間人)が出ている。何故、こういうことが続いているのか。
(事務局 渡辺裕文)
●パレスチナ問題とは
東地中海のパレスチナ地域(右図の○印内)の領有をめぐるユダヤ人とアラブ人の争い。
●問題の本質
英米政府にとって、ユダヤの大富豪による圧力と、中東の石油資源と産油国支配のための軍事的拠点が必要だった。
・1947年 米英主導で国連の「パレスチナ分割決議」
・1948年 米英の軍事力を背景にイスラエル(ユダヤ人国家)建国
・世界中から集まってきたユダヤ人と国を奪われたパレスチナ難民との争い
●歴史的背景
・紀元前10世紀(3000年前)、ユダヤ人の国(イスラエル王国)があったが、交通の要所であったため、度々侵略を受け、滅亡。
・紀元前135年、ローマ帝国がここを占領。その後も、多くの戦乱でユダヤ人は世界各地へ散らばった。
・ユダヤ人にとって、ここに国を作ることが悲願だった。
●経緯
・第一次世界大戦までは、パレスチナはオスマン帝国(トルコ)が統治し、アラブ人(パレスチナ人)が住んでいた。オスマン帝国はイスラム教の国。
・世界中に散ったユダヤ人は、ヨーロッパなどで迫害を受けたため、パレスチナへ戻り始めていた。この頃、両者は争うことなく暮らしていた。
・第一次世界大戦中、イギリスはアラブ指導者にはアラブ独立国家の樹立を約束。ユダヤ人指導者にもユダヤ民族の地を作ると約束。イギリスのこの動きが現在の混乱の元となった。
・アメリカとイギリスの主導で、パレスチナを分断してユダヤ人とアラブ人の国を作ることを国連総会に提案。一方的な決議で分断が決定した。
・パレスチナ人と周辺のアラブの国々が国連決議を不当として、イスラエルに進軍(第一次中東戦争)。これ以降、断続的に紛争が続いている。
・第一次中東戦争でエジプトが攻め込んだのがガザ地区。ヨルダンが攻め込んだのがヨルダン川西岸自治区。(右図)
・1980年代以降、PLO(パレスチナ解放機構)は、ヨルダン川西岸自治区とガザ地区に限定したミニパレスチナ国家の設立をめざすようになった。 (この2つの地域が現在のパレスチナ自治区)
・1993年9月、アメリカのクリントン大統領が間に入り、イスラエルのラビン首相とPLOのアラファト議長の間で「パレスチナ暫定自治に関する諸原則(オスロ合意)」がなされ、多くの問題を先送りにしたまま、パレスチナによるガザ地区などの暫定自治が始まる。
・しかし、イスラエル側はパレスチナ国家を認める気が無く、独立国家の希望を持つパレスチナ人は裏切られた結果となり、衝突。紛争が今も続くことになる。
●イスラエルはなぜ強い?
・19世紀にアメリカに移り住んだユダヤ人が金融業で成功し、アメリカの経済に強い影響を持つようになった。
・さらにアメリカの大統領や議会に圧力をかけ、アメリカの政策決定にも影 響力を持っている。例えば、国連安全保障理事会で、イスラエルの非難決 議案に対し、アメリカは何度も拒否権を発動している。
・アメリカ、イギリスはイスラエルに全面的に軍事支援を続けている。
●パレスチナ問題の本質
・「2000年来のユダヤ人とアラブ人の対立」とか、「ユダヤ教とイスラムの宗教的対立」と言われることがあるが、それは問題のほんの一部。
本質は、イギリスやアメリカがこの地域(石油資源、産油国)を支配するために軍事拠点としてのイスラエルが必要なのだ。
・いまもオバマ大統領はイスラエルを全面的に支持し、武器供与も続けていることが最大の問題だ。
・長年の戦闘により、犠牲者が増え続け、憎悪が拡大している。
・戦争や武力では、決して問題の解決にはならないのです。
・ここでももっとも必要なのは、平和の三原則なのだ。
「話し合うこと」「違いを理解すること」「歩み寄ること」