【現地ルポ】「竹内農園」で探る『地球村』の可能〔2〕
持続可能な社会を探るため、有機農業や災害支援に取り組む元総社市長の竹内洋二さんを訪ね、活動の原動力について、幼少期から振り返って伺いました。
★厳しい父に鍛えられて
竹内 私は、昭和 25 年に岡山で生まれました。父は非常に厳しく、怖かった。父から強い忍耐力と根気を教えられました。母は優しく、やんちゃな私を見守ってくれていました。
落合 一昔前の父親・母親像ですね。
竹内 怖いおやじですが、今で言う「愛している」というか、自分のことをすごく思っているのだと感じる出来事もありました。
落合 どんな出来事ですか?
竹内 学校で水の比重は 4℃が一番大きいと習ったので、池底の水温が 4℃かどうか調べようと私が池に潜った時に、父は私がおぼれたと思って血相を変えて飛び込もうとした時、私は水面にポカッと出たのです。父の顔を見た時、いつも怖い父が自分のことを思ってくれているのだと分かり、嬉しかったです。
落合 怖いのは優しさだったと納得できたのですね。
竹内 はい。この怖いおやじのおかげで大人になっても、暴力団の連中と話す時も怖いと感じたことはありません。
★地域のためにと市議会議員に立候補
落合 その後は?
竹内 学校を卒業して就職、家業を継ぐために故郷の総社市山田に戻り、家業の石屋を手伝いました。
落合 かたい仕事ですね。市議会議員になられたいきさつを教えてください。
竹内 うちの地区の議員が高齢なのでやめることになり、誰もいなくなるのは困ると。「それなら私が」と出馬することになったのです。その時28歳でした。
落合 その頃は議員が地域代表みたいで、地域で応援するのが多かったですね。
竹内 そうですね。それから4期16年、市議会議員をしました。
★進む道を示した『めざしの土光さん』
落合 経団連の会長の土光敏夫さんとの交流があり 、竹内さんの生き方に大きな影響を与えたとお聞きしましたが。
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