【スペシャル対談】かものはしプロジェクト 村田 早耶香 さん〔1〕
『かものはしプロジェクト』の創業者として、東南アジアの幼児虐待や人身売買の問題に第一線で取り組んできた村田早耶香(むらたさやか)さん。2回シリーズの1回目となる今回は、『かものはしプロジェクト』の立ち上げやこれまでの活動、そして東南アジアでの人身売買問題の経緯について伺いました。
★一人の「何とかしたい」から
高木 久しぶり。今回は5回目だね。『かものはしプロジェクト』の紹介を簡単にお願いします。
村田 2002年に、子どもが売られない世界をつくりたい、という思いから団体を立ち上げました。
きっかけは、私が大学生のときに訪れたタイやカンボジアで、人身売買の被害に遭った子どもたちとの出会いでした。
高木 どんな出会いだったの?
村田 6歳や12歳の子が、わずか100ドルほどで売られ、性的虐待を受けている現実を知り、「何とかしたい」と思ったんです。最初は一人で動いていましたが、大学3年のときに仲間と出会い、2002年から共に活動を始めました。当時最も深刻だったカンボジアで活動を始め、その後インドへと広げ、2019年からは日本でも活動しています。
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★人身売買の経緯と現状
村田 児童買春や児童ポルノが国際的に問題化したのは1980〜90年代です。フィリピンで先進国の加害者により児童買春の被害に遭った子どもが殺されてしまうという事件が起き、各国が法整備を進めました。しかし日本は非常に遅れ、1999年にようやく児童買春・児童ポルノ処罰法が制定されました。当時、日本は世界で最も児童ポルノ製造が多く、またアジアの国に加害者を送り出している国として国際的に批判を受けていました。
高木 恥ずかしいね。日本では、「表現の自由」「創作の自由」などを理由とした反対で、児童ポルノ規制が遅れた。制定された法律の中身も、かなり甘かった。村田さんの活動は、現地との連携はどうですか。
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